嶽林寺について

 正式名を大峰山長慶院嶽林寺といい、上越新幹線上毛高原駅西側にあり、みなかみ町、沼田市、赤城山、三峰山を一望出来る高台にある。
 室町時代の永正二年(1505年)、小川城二代·小川景祐公を開基に雙林寺七世在天宗奝(ざいてんしゅうちょう)禅師を開山として創建。
 小川城は上州沼田小川家初代·景秋公により明応元年(1492年)に築城。永禄三年(1560年)には越後上杉謙信が攻略し、その後、甲斐武田家や信州真田家とも戦い、時にはその配下になりながら小川城を守る。五代·小川可遊齋は小田原北条勢に対抗。以来、北条氏との間に城の攻防戦が続き、天正八年(1580年)に北条氏邦の大軍に攻められ落城。さらに嶽林寺にほど近い見城の柵で防衛戦が行われるも、高所のため補給が続かず、可遊齋は上杉家を頼り越後に逃れている。その後、真田信利(真田信吉次男・後の沼田藩真田家五代藩主)が小川城に居住し、当山にも度々参拝。その縁で高貞院(真田信吉長女)が梵鐘を寄付している。大本山總持寺元輪番地という高い格式を持ち、開山在天宗奝禅師、二十一世物先慧外大和尚が大本山に晋んでいる。江戸時代には六ヶ寺の末葉を持つ本寺格の寺であり、僧録雙林寺近門七ヶ寺の総代として本寺後見を勤めていた。平成になり発足した上州三十三観音霊場の二十七番札所に認定。令和になり発足した上州月夜野七福神一番札所にも認定されている。寺周辺はホタルの里として整備され、町により蛍月亭が建てられ、六月中旬から七月にかけてホタルが乱舞。秋には美しい紅葉が境内を彩り、「月の寺」と呼ばれる幻想的な雰囲気と相まって、多くの訪問者を魅了する。
 天下の義民・茂左衛門と白子屋お駒の菩提寺、仏教美術・禅文化に関する資料を展示公開している事でも知られている。